悪意に当たって死なないためにすべきこと

どういうわけか「悪意」というのはなくならない。

極東ブログ: もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。

悪意を持つことがどれだけ楽しいことなのか、どれだけ人生を豊かにするものなのか、ぼくは知らない。知らないけれど、なくならない以上、何かいいことがあるんだろう。だから、悪意をなくす努力なんかはしても無駄だろう。なくならないなら、それはあると思って対処するしかない。他人事としてではなく、自分事として。いい古されたことだけれど、インターネットは悪意のハードルを下げた。インターネットを利用することは、より多くの悪意に触れることと同義だ。悪意含有率が高いといってバッシングしているのではない。単に情報の絶対量が多いというだけの話だ。

人は悪意に当たって死ぬこともある。どうすれば避けられるだろう。finalvent氏はブログにおける「クソッタレ撲滅ルール」を提示した。あれはある程度、悪意耐性のある人向けの提言だと思う。コメント欄を承認制にしても悪意は我が物顔でやってくる。掲示されることを至上とする悪意は防げるかもしれない。けれども、相手に届けることだけを目的とした悪意は止められない。コメント承認待ちリストに何百も並んだ「死ね」の文字を見るのは憂鬱だろう。また、当たり前のことだけれど、悪意はブログを通じてやってくるとも限らない。悪意はただ情報としてやってくる。

悪意耐性を身につける。結局はこれしかない。ただ、最初から壮絶な悪意に当たっては鍛えるどころの話ではなくなる。だから、まずすべきは悪意が自分に向く可能性を減らすことだ。そして、客観的に悪意を見る機会を増やすことだ。具体的にいえば、悪意耐性に自信がない、或いは、そもそも悪意に備えるという発想自体がなかったという人は、いきなりブログを始めたりコミュニティに参加したりしない方がいい。ブログに興味を持ったなら、まずは色々なブログを見ることから始める。そうすればやがて、ブログやネット上のコミュニティの負の側面を知ることになる。

負の側面を知り、それが基本的にコントロールできないことを理解する。対岸の火事だと思っている間はダメだ。悪意は必ずやってくる。それくらいの気持ちでいた方がいい。そして、自分なりの精神的自衛策を持つ。始めるのはそれからでも遅くはない。そして、始めたら覚悟を決める。同時に、そこでやりとりされる情報だけが世界のすべてではないことを肝に銘じる。ダメになったなら辞めればいい。小さな世界がひとつ壊れるくらい大したことではない。それはブログに限らない。学校だって職場だって同じだ。その世界がすべてに見えたとしても、そんなものは錯覚だ。

世界は悪意に満ちている。けれども、それはどれもちっぽけな世界のできごとに過ぎない。人間は怪我をするとその痛みにばかり気がいって、つい周りが見えなくなる。周囲を見渡せば治療法はいくらでもあるのに、痛みで頭が一杯になる。治るものも治らなくなる。気が付いた人が声をかけてあげるべきだし、手当てをしてあげられるならそうすべきだ。けれども、助けてくれる人がいないなら、自分で立ち上がるしかない。そのためには、まず世界を見ることだ。そして、自分の住む世界がすべてではないと知るべきだ。巷に溢れる悪意なんて取るに足りないゴミだと気付くために。

ぼくたちはみんな小さな世界に生きている。生きにくい世界なんて放り出してしまえばいい。


【他所様のエントリー】
エントリー公開してから読んだ、同テーマの人気エントリーについて思うところを追記しておく。
404 Blog Not Found:あなたのコメント欄を承認制にしなさい。でも私のは開けとく
⇒マッチョ運用でコメントS/N比を上げ、かつ、漏れてくる悪意なんか気にしないという強者の実例。
糞ブログがはびこるのはお前のせい──あるいは応援ブクマのススメ - 狐の王国
⇒インセンティブ理論によって悪意の発露を抑えようという果敢な試み。


【その後のfinalvent氏】
そういえば - finalventの日記
ちょっと違うんですよ - finalventの日記
⇒ブログって怖い…という印象を与えないためには大手こそ糞コメを排除すべきという話か。
⇒ぼくは、まず他人事として糞コメの存在を認識し、耐性を得る方がいいと思うのだけれど。

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「悪意に当たって死なないためにすべきこと」というトピックを読ませていただきました。
共感できる部分がとても多くて感動しました!
つい最近、悪意の矛先が自分に向けられ、気分的に落ちたりそのことばかり気にしがちでしたが、「まず世界を見ることだ。そして、自分の住む世界がすべてではないと知るべきだ。巷に溢れる悪意なんて取るに足りないゴミだと気付くために。」という所で我に帰ったような気がします。とても気が楽になりました。ありがとうございます。

> hideさん
生きることは苦しむことだ、みたいなものはいい加減いい古されたセリフだと思います。けれども、やっぱりこれは結構真実だったりして、ここに書いたような「悪意」というのも、そうした「苦しみ」を生み出し続ける代表的なもののひとつだと思います。どうせなくせないしコントロールもできないなら、自分の中で「無効化」するしかない。そう思って書いたのがこのエントリーでした。少しでも楽になってもらえたなら本望です。

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