「言葉」が好きなせいで、話し下手になったりもする

いい歳をして、いまだ、対面コミュニケーションが苦手だ。

オッサンになるずっと以前、軽く「喋り方を忘れる」という経験をしたことがある。話す気はあるのに口から言葉が突いて出ない。頭の中にはたくさんの言葉が詰まっている。伝えたいこともある。なのに、喋れない。これはマズいな、と思った。人と話す機能が退化していることに気が付いたのである。日常会話をサボりすぎた報いだった。その頃のぼくは脳の大半をインターネットと読書と諸々のインドアな趣味に費やしていて、人と話すというタスクをずいぶんと蔑ろにしていた。言葉はそこいらじゅうに溢れていたしメールやチャットなら平気だった。どうやら、人間、言葉を知っていれば喋れるというものでもないらしい。

ひと口に「日本語」といってもそこには相当の幅がある。よくバイリンガルの人なんかが、英語脳にならないと英語は喋れないとかいうけれど、これはたぶん外国語に限った話じゃない。同じ日本語でも、対面コミュニケーションに最適化された言葉と、テキストコミュニケーションに最適化された言葉では、言語体系が相当に違っている。そして、最適化の度合いが大きいほど両者は別言語に近くなっていく。ぼくは文章フェチだ。単語の組み合わせ方や言葉の並びやリズムや文字列のバランスなんかが気になって仕方がない。文体フェチ、といい直してもいい。ぼくの嗜好と思考はどんどん「話し言葉」から遠ざかってしまった。

問題は頭の中の辞書だった。会話ベースで育ててきたはずのユーザー辞書が、極端にテキストベースの日常を送っていると、みるみる「書き言葉」で埋まっていってしまう。「話し言葉」の変換候補は優先順位を落とし、ついには「書き言葉」がデフォルトの思考言語になる。ハイスペックな脳みその持ち主なら、思考言語を自由に切り替えて使えるのかもしれない。が、ぼくにはできなかった。「書き言葉」に最適化された脳で日常会話を乗りきるのは難しい。使うべき単語も語順も語尾もまるで違う。「話し言葉」への逐次変換が負荷になって、疲れ果ててしまう。なにより、アウトプットに双方向性を担保することができない。

このエントリーなんかは、ぼくとしてはかなり「話し言葉」に近いノリで書いている。それじゃあこのまま口にだして会話になるかというと、やっぱり朗読にしかならない。たとえ完全な言文一致でこれを書いたとしても、「書き言葉」の思考を「話し言葉」に逐語訳しただけでは双方向性は生まれない。長文だから向かない、というような単純な話ではない。最大140字しかない「つぶやき」でも話は同じだ。要するに、コミュニケーションの型が根本的に違っている。思考の筋道も対面フォーマットにしなきゃ双方向性は生まれない。このあたりの言葉の作法をぼくはまともに学んでこなかった。活字に魅入られた代償だろうか。

ちなみに、話がややこしくなるのでここでは性格だとか心理的な要因については、あえて考えない。まあ、引っ込み思案で人見知りなだけじゃん、ってツッコミに反論はしにくい。あと、あまり話すことをサボっていると、発話に使う筋肉が衰えたり発音のための正しい筋肉の使い方を忘れたりして、口がうまく回らなくなる。これがまた積極的に話す気力を削いでしまう。とかくうまく話せない理由は複合的で、しかも、ひとつの症状が別の症状を悪化させていくような悪魔のスパイラルを生み出しがちだ。とりわけ性格や心の問題は厄介だ。だったら会話脳を鍛えるしかない。明日からあなたも話し上手、なんてウマい話はない。

結局、使える「話し言葉」は人と話すことでしか覚えられないらしい。「会話文」とか「口語体」とかいった類似品なら勉強で手に入れることもできる。が、実のところそれは、「話し言葉」とは似て非なるものだったりする。だから、「相手の話を引き出す魔法の言葉」とか「会話を途切れさせないたったひとつのテクニック」とかいうライフハックはたいてい役に立たない。「魔法の言葉」はユーザー辞書に登録されるかもしれない。けれども、思考言語は「書き言葉」のままだ。「魔法の言葉」は「書き言葉」の思考にとっては知識のひとつでしかない。会話のネタにはできても、その言葉で会話することはできないのである。

「話し言葉」のコードを学ぶために人と話せ。いやいや、話せないから困ってるんだろ。とまあ、服を買いに行く服がない、みたいな話になる。突破口は身近に話し上手を見つけることだと思う。なんなら近所の居酒屋のおっちゃんでもカフェのにーちゃんでも美容室のおねーちゃんで誰でもいい。ああいう人たちはたいてい客に優しいし、妙なシガラミがないぶん気楽でもある。そして、口ベタでもなんとかしてくれる率が高い。学ぶには最適の教材だろう。なにも自分が話し上手になる必要はない。コードを知れば、下手なりの話し方が見えてくる。会話を楽しむこともできる。それは、個性だ、といっていえなくもないだろう。

だから最近はもう、苦手なままでいいや、と思っている。

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