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「わかって欲しい」のは贋物の自分
人は本当に「本当の自分」をわかって欲しいと思っているんだろうか。
まあ、「本当の自分」とは何か、という議論はひとまず脇に避けておく。ここではとりあえず、自分が認識している自分というものの総体、くらいの意味だとしよう。ひとつめのリンク先で説かれているのは世間についてである。つまり、特定の誰かが相手ではない。世間に対して「本当の自分を見て欲しい」と思うのは、まず「本当の自分が見られていない」と思っているからだろう。たとえば、「無職ニートのアニヲタ非モテ」と世間に認識されている人が「本当の自分を見て欲しい」というとき、その人が想定している「本当の自分」とはどんなものなんだろう。
世間には知られてないけれど、実はツルペタじゃないと性的に興奮できないし、盗んだ小学生のパンツを押入れに隠してるし、月に1回以上は隣室のイケメンリア充暗殺計画を練ってしまうし、ネットで就職探してるとかいいながら問い合わせすらしてないし、履歴書は何度も書いたけどバイトの求人にすら応募できないし、貯金で食い繋いでるとか周りにはいってるけど100%親の仕送りで生きてるだけだし、ミリタリーナイフ隠し持って繁華街行ってキョドりっぱなしで何もせずに帰ってきたこともある…たとえば、そんな自分を理解して欲しいということなんだろうか。
もちろん「ダメなところもひっくるめて好き」なんて安い恋愛ドラマみたいな承認を求める向きもあるかもしれない。けれどもぼくは、この「ダメなところ」さえ、全面的に信じる気にはなれない。それは「(知られてもいい程度の)ダメなところ」だろうと思うからだ。本当にみっともなくて汚らわしい自分なんて、普通は誰にも知られたくはない。もしかすると、そういう本当にダメな自分は「本当の自分」ではないという認識なのかもしれない。ならば、世間に知らしめたい「本当の自分」とは、実は実態とはかけ離れた「未だ見ぬ理想の自分」なんじゃないか。
つまり、世間と乖離するメンヘラが失敗しているのは「本当の自分を世間にわかってもらうこと」ではなく、まず一番身近な世間である「自分」に「本当の自分」を納得させることではないかと思う。自分が実態として認識している自分と世間の認識とが本当にズレていて、世間は自分のことを分かっていないと信じられるなら、傷付くことはあってもそうそうメンヘラになんてならないんじゃないか。本当は世間が認識している自分と自分の実態がそれなりに整合していて、でも、それを自分では認めがたい。そういう意識が少なからずあるから苦しいんじゃないか。
自分は特別ではない。多くの人はそんなことは解かっている。それでもなお苦しいんだろう。
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・「わかって欲しい」のパラドックス - finalventの日記
#臨場感のある文章で、タイトルの内容をさほど明確に説明はしていないけれど面白い。
posted in 08.09.06 Sat
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comment - コメント
なぜ「偽物の自分」を解かって欲しいのでしょう?
その人の価値観によると「本当の自分」よりも「偽物の自分」の方が善だからでしょうかね。
なぜ善でありたいと思うのでしょう?
善であることで何かを得られると考えるからでしょうかね。あるいは、悪でいることで何かを失うと考えるからでしょうかね。
何を得たいのでしょう?何を失いたくないのでしょう?
抽象論はここまでが限界でしょうかね。
「weep for me」のエントリーはいつも筋が通っている(と思う。個人的には)。
posted in 08.09.08, by raina
> rainaさん
具体を語るとどうしても限定的な話になりますが、大雑把にいえば人に見せたい理想の自分というのは、今の自分の不満を解消してくれる…より良い人生を送れるはずの自分なんでしょうね。
エントリーではある程度筋を通すことを重視している部分があることは確かですが、そのために取りこぼすものも多いのが悩ましいところではありますね。
posted in 08.09.08, by lylyco
I've organized numerous exhibitions in the Fashion Institute of Technology in my previous years and am at present working on the discussion board for that market.
posted in 10.10.13, by Fashion Merchandising