死刑廃止論者と存続論者の議論が噛み合わない理由

鳩山大臣が粛々と死刑を執行している。

法務大臣として職責を全うしているということだから、これは褒められこそすれ責められるような話ではない。仕事をしないと明言しながら法務大臣になった強者も過去にはいたけれど、執行が厭なら法務大臣になどなるべきではない。サインはしないが大臣の席は欲しい。これを我侭という。本当に死刑が間違っているというなら、法を変えるのが先である。とはいえ、死刑には正しいも間違いもない。色々理屈をいっても、所詮は個人の倫理観なり感情の問題である。あらゆる理屈は後付か我田引水の類である。反対派と賛成派の議論など端から成り立ちはしない。

一見尤もらしい反対派の意見のひとつに「冤罪可能性」というのがある。およそ裁判というのは蓋然性の追究に終始する。たとえば、100人の目撃者が全員見間違えた可能性を論理的に0にすることはできない。つまり、本当の意味で冤罪を100%取り除くことはできないのである。死刑にしてから間違っていましたでは済まされない。何しろ相手は死んでいる。これは取り返しが付かないというのである。なるほど、一理ある…ように見える。けれども、これは問題のすり替えである。死刑以外の刑罰だって、間違って与えればそれは取り返しなどつかない。

死刑の代わりに終身刑を導入したとする。20歳で終身刑となり90歳で獄中死した受刑者の火葬中に冤罪が発覚した。ああ、間違って死刑にしなくてよかった。命まで奪ったわけじゃないし、天寿を全うしたんだからいいよね!そんな馬鹿な話があるか。これは極端な例だけれど、年数の多寡に関わらず、凶悪犯罪者として懲役刑を受けただけで当人にとっては取り返しの付かない事態である。ごめんね、冤罪だったんだね、でも5年くらいで済んだんだしいいよね、許してくれるよね、エヘっ…とかあり得ると思うのか。冤罪と死刑制度は別に考えるべき問題である。

賛成派にも怪しい議論はある。「犯罪抑止力」というやつだ。眉唾である。人は殺したいけど、死刑が怖いから止めておこう。そんな人がたくさんいるという証拠はどこにもない。死刑制度のお陰で凶悪犯罪を踏み止まったという人がそんなにいるなら、是非その数を発表していただきたい。たぶんぼくなら人を殺すかどうか決めるようなときに、死刑制度の有無を判断基準においたりはしない。また、この議論は諸刃の剣でもある。この世に生きる希望も自殺する根性もないから、死刑になりたくて無差別に人を殺しましたという話はあり得るからである。

死刑というのは私刑の最高峰たる仇討を国が引き取った体のものである。古の昔から加害者を殺したいほど憎む被害者は少なくないのだろう。でなければ、裁判でこれほど死刑が求刑されるわけがない。もしも重大犯罪の被害者が死刑に反対なら、そもそも死刑など求刑しないはずである。死刑廃止論が大勢を占めれば、たとえ死刑制度が存続していても求刑する原告はいなくなる。死刑は有名無実化する。つまり、皆が死刑廃止を求めるなら死刑はなくさなくともなくなる道理である。そうならないのは、やはり多くの被害者は死刑を求めているということである。

国が死を代行することに違和感を感じるなら、原告に執行権を与えるという死刑の形もあり得る。もちろん執行するかどうかは被害者自身が選択できる。ただし、他人に殺してもらうことはできない。いわば仇討制度である。執行の代行を認めないようにすれば、もしかすると死刑の執行件数は減るかもしれない。自らの手で殺すか、生かすか。殺伐とした話である。反対派はいう。死刑は被害者の心を癒さない。当たり前だ。死刑の有無と被害者の心の救いは別の話である。死刑は被害者の心を救うためにあるのではない。救いの手段は別に用意すべきである。

結局、死刑の是非に理などない。どうしてもというなら多数決で決めるしかない。

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とても的を射た内容で、言葉もわかりやすく、気持ちよく読めました。

> tamanegiさん
ありがとうございます。自分の考えを簡潔にまとめる意味もあって書いたエントリーなので、わかりやすいといってただけると嬉しいです。

私の心中を分析・代弁してくださったかのような内容です。私は死刑について、賛成派にも反対派にも迎合できず、日々悶々としておりました。あなたのおかげで、ようやく心の霧が晴れたようです。本当に、ありがとうございました。

> MEGALOさん
専門家でも(いまのところ)当事者でもない人間が思ったことを思った通りに書いたエントリーですので、共感して頂けたなら幸いです。結局のところぼく自身はどうなのか、という部分を省いている点であまりフェアな内容とはいえないかもしれませんが…。

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