ありもしない同情に怒る心の屈折

この人はいったい何を怒っているのか?

派遣社員に妙な同情はやめてくれ

まず、派遣会社が「正社員になれますよ」というのは同情ではない。仕事である。マクドナルドのスマイルと同じである。或いは、レジの可愛い女の子が釣銭を渡すときにそっと添えてくれる左手と同じである。まあ、「紹介予定派遣も登録時に希望しないと告げていた」というから、その点で個別対応が甘いとクレームを付けるのなら解る。それは「レジ袋不要」の札をカゴに入れているのに、サービスとばかりに何枚もレジ袋を渡されるようなものだからだ。怒るほどのことではないけれど、怠惰とも取れる勤務姿勢を注意するのは相手のためだ。きっちり教育してやればいい。

奇妙なのは、派遣会社で働く自分の「自由意思」を表明するために、件の匿名氏がわざわざ派遣会社を擁護して見せていることだ。仕事に対して忸怩たる思いを抱いている人は、バイトだろうが派遣だろうが正社員だろうがその身分に関係なく存在する。逆に、今の働き方に満足している人も、バイトだろうが派遣だろうが正社員だろうが関係なく存在するだろう。もっといえば、それはニートだろうがホームレスだろうが同じことである。現状を「自由意思」の結果として肯定的に生きる人もいれば、「不本意」として否定的に生きる人もいる。個人の問題なのだから当然である。

派遣会社が弾劾されるのは、弾劾する側がそれを社会の問題と捉えているからだ。ある個人のために弾劾してあげているわけではない。まあ、弾劾の声の中には私怨もあるだろうけれど、それがあまりに個人的である場合、社会はそれに付き合うほど暇ではない。派遣問題もニート問題もホームレス問題も、現状に満足している人がいることは織り込み済みで問題にしているのである。決して、匿名氏のような人がいないと思っているわけではない。いたとしても、現状のままでは社会的に問題であると認識して騒いでいるのである。匿名氏に同情して怒ってあげているわけではない。

以上を踏まえた上で、あえて匿名氏は「そんな風に騒がれるとおれは迷惑なんだよ」といっているのかもしれない。だとすれば、匿名氏の怒りの理由は何だろうか。派遣会社に対する批判の声は、決して「根無し草で、いろんな地域でいろんな職場でいろんなことをやりたいと考えている人間」に害を為そうとするものではない。むしろ、そういう人でも安心して派遣人生を送れるようにしようというのが大意のはずである。匿名氏はマージンの話だけに問題を矮小化して、この大意を隠してしまっている。実のところ、匿名氏は待遇の改善を迷惑だといっているに等しいのである。

これはおよそ労働者として合理的な態度ではない。憤慨の理由は別にあると考えるべきだろう。しかも、それはあまり合理的ではない理由、感情的な理由である可能性が高い。知人と話していて思うことがある。いつも自社の待遇の悪さや先見性のなさを愚痴ってばかりいる人というのはどこにでもいる。けれども、彼らは外野に会社のダメさ加減を指摘されると、一転して自社擁護を始めるのである。特に「うちはその辺ちゃんとしてるよ」みたいな比較をされることを酷く嫌う。要するに、他人に会社を否定された途端、自分まで否定されたように感じて、劣等感を抱くのだろう。

そこには、「現状には満足していないけれど、自分の選んだこの道が間違いだったとは思いたくない」という心理があるように思える。件の匿名氏もそうだと決めつけるつもりはない。だた、自分の価値観に基づく自由意思を表明するために、派遣会社の正当性を証明しようとする態度は明らかに歪んでいる。何というなら、自由意思で搾取される道を選んでも構わないのである。無論、ピンハネと引き換えに根無し草の自由を買ったっていい。「おれが働いてるところはそんなに悪いとこじゃない!」という主張と「どこで働こうとおれの勝手じゃん!」という主張はまるで別物だ。

確固たる意志で選んだ道なら、この程度の外野の騒音にピリピリする必要はない。

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件の投稿者です(信じて頂くほかありません)。
記事を拝見しました。僕自身は派遣会社に対する帰属意識が無いので、
派遣会社のことを馬鹿にされることで自分が馬鹿にされたかのような錯覚に陥ることはありません。
ただ、派遣で働くというスタイルを否定されると、仰るとおり自分の生き方を否定されたような気がして(言われるまで自覚はありませんでしたが)、
「これでよかったのだろうか?」とは微塵も思いませんが、「なんでわかってくれないんだ?」という思いは強くあったのだと思います。
というか、あります。

>まず、派遣会社が「正社員になれますよ」というのは同情ではない

あのエントリーでは言葉が不足していましたが、あれは営業担当者のリップサービスとしての「正社員になれますよ」ではなかったのです。
具体的なオファーで、それを辞退したことで三者ハッピーを勝手に期待した営業担当者は肩透かしを食ったのでしょう。
「50代になっても今の働き方を続けるつもりですか?それは無謀ですよ」みたいな言葉まで投げられました。
そりゃ、確かに今の時代背景を考えると正しいことを言ってくれているのかもしれませんよ。
でも、派遣会社の営業が己のビジネスについて、たとえ大風呂敷でも「還暦になってもサポートしますよ!」ぐらいは言って当然じゃないですか。
あろうことが当の営業までもが自分のビジネスを否定的に、悲観的に考えている。
人を周旋することで利益をなすビジネスですよ。胸を張って儲ければいいのになんでそんなビジネスのことを営業までもが軽視しているのではないか。
そんなことをいろいろ振り返っているうちに涙が出てきた。投稿の動機はそんなところです。

>匿名氏は待遇の改善を迷惑だといっているに等しいのである。

えっと、こっちの方は「改善」があるのであれば何も反対はしません。
ただ、マージン開示が果たして各々の派遣社員の待遇改善に繋がるのかどうかが疑問なのです。
このあたりについてはおいおい結論を出して行こうと思っています。
納期も守り、赤字も出さず、工数もなるべくかけず、そういうことをそつなくこなして実績を積んでいく人。
そうした人間と、昨日派遣会社に登録したばかりで勤怠などの素行状況も未知数な人。
派遣会社のマージンって、リスクのこともちゃんと考えて決めて良いはずなんですよ。
もしこういうことが「やりにくくなる」ような取り決めが出来たとするなら、後者が前者の足をひっぱるような
ことになってしまわないかなぁ、とかいろいろ考えてしまうわけです。

> hirgkgmさん
エントリーでは少しキツめに書いてしまいましたが、実際のところ自分のしてきた人生の選択を(たとえ一部でも)否定されれば、泰然自若としていられる人はそれほど多くはない思います。そのこと自体をおかしいというつもりはありません。それよりも、hirgkgmさんが書かれたエントリーを読んでぼくが感じた違和感は「派遣を自分の意志で選択する人間のこともわかれよ!」という主張だと思って読み始めたら、「派遣会社は世間でいわれるほど酷いところじゃないよ!」という話に摩り替わっていたという点にあったわけです。何しろ、派遣会社の正当性を説明するために最も字数を費やしていますし。
ただ、こうしてコメント頂いたことで、そもそもの憤りの出所は了解しました。そういうことであれば、その派遣会社の営業氏の無理解や営業姿勢への疑義なんかをメインに書いて欲しかったなあと思います。事業者と派遣労働者のマッチングを生業にする以上、極力双方の希望に沿った周旋をするのが彼らの仕事でしょう。件の営業氏はhirgkgmさんの当初からの希望を無視して、アンマッチな案件を持ってきたわけですから、それは質のいい仕事とはいえません。そこを糾弾しながら、そうした齟齬が起こること自体が世間の派遣労働者に対する視線を象徴しているのではないか、と展開していればスムースに理解できたように思います。
マージンの件については議論に参加できるほどの知識も経験もないので何ともいえません。当事者が色々と考えてしまうのは当然だと思います。ぼくの勤め先でも派遣の方を雇っていますが、正直なところ、派遣会社の働きに比して彼らが持ち去っていくマージンが割高に思えることは少なくありませんね。

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