エリートとは決してIT成金みたいな人を指す言葉ではない

どうしてこんな道化た書き方をするのか。余りに視野が狭い。IT成金=第三種バカなのか。

404 Blog Not Found:学校ってバカを治療してくれんのか

エリートというのは辞書的にいうなら「選良」である。字義を追えば「選ばれた良人」ということになる。「良人」という言葉には夫とかいう意味もあるけれど、一義的には「良い人、賢い人」という意味だろう。つまり、エリートというのは「選ばれた良い人、賢い人」という意味である。単に良い人や賢い人では足りないし、ましてや事業に成功したり時流に乗ったりしてお金持ちになった人のことを指すわけでもない。たかだか一流企業に選ばれたくらいの人をエリートサラリーマンなどと呼んだ時代もあるようだけれど、こんなのはただの拡大解釈である。高学歴だって同じだ。

小飼弾氏は、わかりやすくアジテーションするのが上手い。おそらく意識的に馬鹿な書き方をしているのだろうけれど、それが本当に馬鹿に見えたのでは逆効果ではないかと思う。高学歴者を指して「人が作ったゲームの高得点者」に過ぎないなんていかにもいい古された言葉だし、今時こんな言葉を真に受けるのはどうかしている。小飼弾氏は同じ口でいう。「今求められているのは、ゲームそのものを作れる奴か、最高得点以上の点数をとっても最高得点分の給料で満足してくれる奴のどちらか。」だと。求められる?誰に?会社に?社会に?社会って何?それは誰が作ったの?

昔誰か賢い人が、それこそエリートといってもいいような人が「資本主義社会」を創った。そこで成功するために勉強、努力し、多くの資本を手にすることができた人は、学校で良い成績を修めるために勉強し、試験でたくさん点を獲ることができた人と質的にどう違うというのか。起業し、現在のニーズを掴み、市場で勝負する。学校で勉強するよりルールは複雑だろうし、運や気合に左右される不確定要素もずっと多い。要するに難しい。けれども、それは中学受験より高校受験、大学受験が高度だというのと同じ難易度の問題だ。「人が作ったゲーム」であることに変わりはない。

小飼弾氏のように資本もあり行動力もあると自負する人間が、高々より難易度が高いだけの「人が作ったゲーム」で満足してエリート面するのは頂けない。たとえポジショントークなんだとしても態度の大きさに見合った了見ではないと思う。エリートを語るなら本物のエリートを志向して欲しい。それは現状の「資本主義社会」に変わる新しいゲームの創造主になることだ。それでより多くの人の幸福を生み出すことだ。そういう仕事をする人こそ選良の名に相応しいというべきだろう。一部の資本家にだけ選ばれる程度の賢い人を選ばれた人だなんて思うのは少々視野が狭すぎる。

ビジョンを示す立場を自認するなら、もう少し広い視野で語って欲しいと思う。


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没落エリートの出現―ビジネス社会から疎外される高学歴就職難民たちー - 女。京大生の日記。
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