何者でもないぼくの「自己愛」の自分史

とかく、自己愛というのは厄介なものだ。

「自己愛が腹ペコの人は、判断力が低下する」問題 - シロクマの屑籠

心理学の素養はないので自分のことを書く。自己愛に限らず、人間何かが極端に不足すれば判断力は鈍るものだろう。欠乏を埋め合わせる方向へと、思考なり行動にバイアスがかかる。迷いこんだ山で飢えたら、どう考えてもヤバいだろうって草間弥生みたいなデザインのきのこでも美味そうに見える。本当に飢えたことはないけれど、そういうものだという気はする。もしかしたら、食った途端にカラダが倍に膨れ上がるとか、さらにキラキラ光る花を食べたら手から火の玉が出せるとか、そんな妄想に憑りつかれて死ぬかもしれない。それでも、さっき色違いのきのこで1upしたから大丈夫!と噛り付く。冷静な判断なんてできない。

だから飢えないためのライフラインを、という冒頭リンク先の主張はその通りだと思う。自己愛の兵站線は文字通り死活問題だ。自己愛が危機的に不足すると、死んだり殺したりといかにも物騒なことになりかねない。具体的にどう対処すればいいのか。個人的な実感でいうなら、自己愛の原資は「承認」である。もういい加減耳タコだけれど、そうなんだから仕方がない。まあ、他人のことはわからない。少なくともぼくの場合は、「他者承認の補給基地」と「自己承認の生産システム」こそが、自己愛のライフラインなのである。これらに冗長性をもたせ、いかに運用していくか。何者でもない自分を生き抜く鍵は、たぶん、燃費だ。

ぼく自身の自己愛の変遷を顧みるに、「腹ペコ」にはたぶん2つのタイプがある。欠乏と中毒だ。欠乏は文字通り自己愛が決定的に足りない状態で、自分嫌いから無関心を経て死に至るダウナー系ルートが既定路線だろう。承認欲求が満たされないまま自己嫌悪と世間への怨嗟がわだかまり、やがて心身を侵食し始める。クラスメイトの他愛ない思い出話に自画自賛の陶酔を嗅ぎ取ったり、エレベーターで一緒になった隣人の表情に隠し切れない嘲笑を読み取ったり、可愛いあの子との純愛を引き裂く機関のエージェントを瞬時に見分けたり、そんな恐るべき超能力と引き換えに世界とキャッキャウフフするための凡人力を失ってしまう。

欠乏というからには「他者承認の補給基地」が足りないのである。承認を与えてくれない世間を否定し、その隙間をなけなしの自我で埋めていく。希薄な自我の無限膨張。こうなるともういけない。世界のすべてが何者でもない自分の写し鏡でしかなくなって、諦念と無関心ばかりが降り積もっていく。何かをする理由は失われ続け、やらない言い訳ばかりが積み重なっていく。バイトと自室を往復するだけのプータローだったぼくは、そんな風に半分死にながら生きていた。あの頃はまだ個人サイトが元気な時代で、ぼくは京極夏彦ファンサイトの掲示板に入り浸り、顔も知らない誰かと ICQ で戯言を飛ばし合った。蜘蛛の糸だった。

あの頃、インターネットは確かに希望だった。そこで知り合った顔も知らない友人たちは、みな親切で優しかった。ぼくは幸運だった。自分でサイトを作るようになり、下手糞なイラストや文章を公開して、小さな小さな承認の欠片を拾い集めることができた。それは、プータローで非コミュでさしたる才も個性もないぼくを、恣意的にフィルタリングした都合のいい情報だけで評価してくれる優しい楽園だった。そして。あまりに居心地のいい場所で、ぼくはいつしか中毒を起こしはじめた。忸怩たる自分を意識の外に追いやり、回線の向こう側からありったけの承認を引き出そうと無謀な戦いを挑み続けた。結果は当然、惨敗だった。

中毒の原因は「自己承認の生産システム」の機能不全だった。手にした承認は喰らう先から霞と化し、決して足ることを知らない。とにかく燃費が悪い。自己顕示欲と虚飾に満ちた完璧主義、ひとり大炎上しながら踊り狂い、周囲を巻き込みながら死に至るアッパー系ルート。膨張しきった自我の中で、ぼくは自分を見るのが怖かった。自身の鏡像である虚ろな世界を見るのが怖かった。自己承認の欠落を埋め合わせるべく「あるべき自分」を演じ、ひたすら他者承認を求めた。楽園は餓鬼地獄となった。地獄で鬼が笑う。支払われるべき承認はすでに支払われている!ぼくは地獄で目が覚めた。ぼくはここでもやっぱり何者でもなかった。

ここは楽園などではない。新しい技術によって拡張された不自由な現実の一部にすぎない。せっせと拾い集めてきた小さな小さな承認の欠片たちが、現実の片隅で埃をかぶっていた。それは何者でもないぼくに与えられた、希望の欠片だった。ぼくはそのひとつひとつに息を吹きかけ、見えない涙を流しながら、ただただ磨き続けた。世界に手をかざしてみると、小さく輝く欠片ひとつひとつに、小さな小さな「本当の自分」が映っていた。有難いと思った。そこに映った自分を握りしめて、怖くとも生きていくしかないのだと思った。それがまったく不可能ではないことを、この欠片たちは証明してくれている。自己承認の瞬間だった。

こうしてぼくの「自己承認の生産システム」は、恐る恐る運転を開始した。まもなくぼくは、ウェブサイトを作る仕事に就いた。インターネットがくれたもうひとつの居場所である。ぼくはここにも「他者承認の補給基地」を作ることに成功した。やっぱり運が良かったんだろう。26才職歴なしのぼくを拾ってくれる会社がある。それがわかっただけでもぼくには大きな収穫だった。そんな些細な承認さえ、いまだ再生産を繰り返しながら生きる糧にしている。そこで何人かの友人と出会い、ひとりの友人の紹介で次の居場所を手に入れた。紹介してくれた友人はのちに、ぼくの相方となった。こうして補給基地は少しずつ増えていった。

他者承認は、自分が望んだ形で、望んだ量だけ得られるとは限らない。けれども、他者承認はその形によって価値が変わるようなものではない。そのことに気づかずにいると、せっかく手にした貴重な承認を、無価値なものとして捨ててしまうことになる。アイドルグループのセンターに選ばれるような承認だけが価値ある承認なわけではない。望んだ以外のあらゆる承認を無意識に捨てて生きるなんて人生の浪費だ。何者でもないぼくは、小さな「他者承認の補給基地」をあちこちに作って、運良く与えられた承認をせっせと再生産しながら生きている。ずいぶん燃費も良くなってきた。自我は膨張をやめて世界と混ざり合いつつある。

最近ぼくは思っている。人生は確かに運ゲーかもしれない。けれども、ただ愉しく生きるのにそれほど多くの原資は要らない。たとえば、行きつけの店を作る。店主が顔を覚えてくれる。街中でばったり会ったとき、こんにちは、と声をかけてくれる。ぼくにとってその店は、小さな「他者承認の補給基地」となる。たとえば、ブログを書く。このブログが聖書より多くの人に読まれることはないだろう。けれども、何者でもない素人の長文を最後まで読んでくれる人がいる。ひとりのいいね!が、はてブが、ツイートが、自己愛の原資となってぼくを生かす。写真を撮る、ランニングをする、仕事をする…すべてが冗長性を高めていく。

いつのまにか、自己愛に苦しむことも、めっきり少なくなった自分がいる。

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