愚痴を聞くときに思い出すべき5つの心構え

気が付くと愚痴を聞くことに失敗している、というのはよくある話である。

愚痴を聞くのが好きだという人は、たぶん少ない。他人の負の感情に触れることは、大抵の人にとってストレスである。一方的に突き付けられた負のコミュニケーションを、適宜プラスに転換できる人なんてそうはいない。よくいわれることだけれど、そもそも愚痴というのはその内容に関してコミュニケートすることを求めてこぼされるわけではない。つまり、会話ではない。愚痴の内容はまったくそのコミュニケーションの本質ではないのである。だから、「内容を聞いてしまう」と大抵失敗する。そこで、愚痴を聞きながら内容を聞かないための心構えをぼくなりに考えてみる。

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01:まず愚痴を愚痴と見分ける

ここで躓くケースは思いのほか多いんじゃないかと思う。相手が「仕事の相談をしている」と思い込んだり、「人間関係の悩みを話している」と勘違いしたり、「日常の問題に助言を求めている」と誤認したりすることは往々にしてある。人はそうそう他人に意見を求めたりしないものだ。大抵自己完結している。もちろん、本当に建設的な会話を期待している可能性もゼロではない。見分ける方法は、ある。ポイントは相手が前向きか否か、だ。感情のままにネガティブな情報を吐き出しているだけなのか、意見を求めての情報開示なのかは、相手を見ていればある程度判ると思う。

02:自分の身に置き換えて考えない

愚痴をいう人は共感を求めている。よく聞く見解だ。否定はしないけれど、共感なんてできるはずはないのだからこれは求める方が無茶である。下手に自分の身に置き換えたりすると、自分だってその程度の目には遭っているとか、自分の方がもっと辛いところに身を置いているとか、自分ならそんな風には思わないなとか、なんだその程度のことかとか、「自分の感情」が入ってくる。そして、その感情が相手のそれとまったく一致するなんてことはまずない。一緒になって上司の悪口をいい募るような対応は可能かもしれないけれど、よほど表層的な付き合いでもない限り難しい。

03:間違っても諫言しない

自分の身に置き換えてしまったときやりがちな失敗がこれだろう。冷静な自分の目で見ると、それはそれで一方的な話だなあ、なんて思いに囚われるものだ。そうするとつい物申したくなるのが人情だろう。が、相手は別に何かの事情を説明しているわけではない。ただの感情表現である。「それは相手にもいい分があるんじゃないの」とか「それって自業自得なんじゃ」とか野暮をいってはいけない。冷静で平等な愚痴というのはあり得ないのだから、愚痴が冷静さや平等性を欠いているなんて指摘は無意味である。愚痴を諫めるなんてエロ本にエロいと文句をつけるようなものだ。

04:相手の身になって考えない

先の「自分の身に置き換えて考えない」というのと似ているようで、少し違う。「自分ならどう思うだろう」ではなく、「この人はきっとこう思ったんだろうな」である。これは一見、悪くないように思える。相手の気持ちを慮ることはコミュニケーションの基本だろう。が、間違ってはいけない。愚痴に対するとき慮るべきは「今現在の相手の気持ち」であって「語られる過去の相手の気持ち」ではない。何故なら、そのとき語られる愚痴の内容は「今現在の相手の気持ち」が、脚色、編集した過去にすぎないからである。捏造された過去の物語に感情移入したところで意味はない。

05:良かれと思っても助言しない

捏造された過去の辛い気持を想像してしまうと、つい、こうすればもっと楽になれるんじゃないの、もっと気楽に考えなよ、なんて助言を口走りたくなる。これも、愚痴の内容に触れている時点で地雷だと思った方がいい。最悪の場合、「ナニその上から目線」とか「それができりゃ苦労はしないんだよ」なんて反感を食らいかねない。よほど明示的に助言を求められたのでない限り、黙して語らないのが吉である。求められた場合でも、相手が本当に過去の自分を清算できる状態かどうかの判断は怠るべきではない。自分はどこも悪くないと思っている相手に助言することは難しい。

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結局のところ、これらはすべて「親身にならないための心構え」である。愚痴は決して親身になって聞いてはいけない。そこが相談やなんかと決定的に違うところだ。ただ、気もそぞろだとあからさまに知られるのもダメに決まっている。気に染まないことというのはおよそ誰にでもある。けれども、誰もがそれで愚痴っぽくなるわけではない。愚痴をいい出したなら、それは愚痴の内容いかんにかかわらず、より大きな視野で相手を見ることが大切なんだろうと思う。原因は、愚痴の内容だけにあるわけではない。それは大抵の場合、単なるきっかけにすぎないのではないかと思う。

以上、どれもいい古された心得のようだけれど、ぼくなりの解釈を添えて記録しておく。

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comment - コメント

愚痴の内容が自分に向けられたものだったら、守れる自信がないです。

> プリンスさん
それは、愚痴というより自分に対する不満の表明というべきものなので、むしろ真摯に受け止めるべきなんでしょうね。ばかりか、今口にされている表面上の不満だけでなく、それをぶつけざるを得ないまでになった経緯まで振り返る必要があるかもしれません。実際には、自分に対する不満を冷静に受け止めることは心情的に難しかったりしますが。改めるべきは改め、誤解は解くよう努力し、前向きに不満の解消に努める。相手を大切に思うならそれが理想でしょう。まあ、そうそう理想通りに行動できる人がいるとは思えないですけれど。

単純に受け止めてばかりでは、積もり積もって爆発しちゃうでしょうから難しいところですよね。

根本がなおらないと不快度は結局高まっていくだけなので、愚痴と相談とを切り分けて話せるようになることが、最も重要な気がします。

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