クリスマス・グロテスク - 気の滅入る降誕祭のための物語

ぼくにとってクリスマスは、キリストの誕生ではなく処刑を愉しむ日だった。

今年はまだ、ターゲットが決まらない。表計算ソフトを起動する。遅い。つい頭を掻き毟る。バラバラと剥離した頭皮がキーボードの隙間に吸い込まれていく。そういえば、もう四日も風呂に入っていない。【キリスト候補_2008】というファイルを開く。そこにはただ一行、自分の名前だけが書き込まれている。思えば、高校を卒業してもう十七年になる。あのときはクリスマスを迎えるまでに候補者が軽くひとクラス分は並んだ。中からひとりだけを選ぶのが困難なくらいだった。大学に入り、就職し、退職し、引き籠ってからは、もう、新しい名前が追加されることはなくなった。

十七年は長い。遠方に引っ越した同級生も多い。こんな田舎町にいては将来など高が知れている。使い回しのキリスト候補リストは櫛の歯が欠けるようにポロポロとその数を減らしていった。もちろん、キリスト役となった名前も消さなければならない。昨年のクリスマス、最後の名前がリストから消えた。十七人のキリストたちの最期を反芻する。ぼくの甘えた孤独と、理不尽な呪詛と、冥い欲望を一身に受けて彼らは身悶え、身体中の体液という体液を振り絞って許しを請うた。否、請うているように見えた。声を奪われた彼らの瞳が、痙攣する肉が、何かを求めて喘いでいた。

冷えすぎてまともに使えない冷蔵庫を開ける。すべてが凍りついている。中にはただ十七の靴下が硬くなって転がっている。ぼくはひとつひとつ手に取ると、彼らの名を呟きながらそっと頬を寄せた。暴力的な冷たさが肌を刺す。それでも、ぼくは十七人分ゆっくりと丁寧に愛撫し、愛と呪詛の言葉を囁いた。すべての靴下を床に並べ終えると、ぼくは四日ぶりに風呂に入った。脂ぎった髪も垢じみた身体も処刑されるキリスト役には相応しいのかもしれない。けれども、ぼくのキリストたちはみんな完璧に清く美しかった。ならば、ぼくもそれに倣おう。窓の外に、雪が舞い始めた。

禊を済ませ、冷え切った部屋で最後の確認をする。ぼくは、ぼくの名前を削除する。今年ばかりは終わった後に消すわけにはいかない。寒さのせいでも、恐怖のせいでもなく、身体が震える。思えば、ぼくは最初からこうしたかったのかもしれない。不摂生のために血色が悪く不自然に痩せた自分の裸身を見下ろす。ああ…異様なまでに激しく脈打ち、痛いくらいに熱く昂っている。十八枚目の赤い靴下をそっと先代たちの隣に並べる。すでに極限まで張りつめていたぼくは、付け根に冷たい刃先を感じ取った瞬間、一年分の爛れ切った精を開放した。…ゴトっ。赤と白が交錯する。

いまだ痙攣を繰り返しているそれを靴下に入れ、ぼくは凍てつく部屋に横たわった。

related entry - 関連エントリー

trackback - トラックバック

trackback URL > http://lylyco.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/539

comment - コメント

コメントを投稿

エントリー検索