見合い、そして、早春の出会い

ハードディスクが厭な音を立てている。こいつももう長くはないのだろう。当然、買い替える余裕などない。30代も半ばに差し掛かって定職にも就かず、下世話な雑誌の埋め草記事など書いて糊口を凌いでいる。フリーライターを気取ってはいるが、父が遺したこの家と継母のお陰でどうにか生きているにすぎない。父はぼくが30になった年に死んだ。癌が発覚し入院したと思ったら間もなく死んでしまった。突然、23インチのディスプレイが暗転した。コンセントを蹴とばしたらしい。黒い画面に貧相な顔が映っている。もうずいぶんと長い間、人と仕事以外の話をした記憶がない。

机の下に潜り込みコンセントを挿し直す。無数に絡まるケーブルの塊から埃が舞いあがる。喉がいがらっぽい。実の母がいなくなったのは、5歳の初夏だった。幼稚園バスがいつもの場所に着いたとき、出迎えの親たちの中に母の顔はなかった。近所の子のお母さんが家の前まで一緒に帰ってくれたが、歩いている間中、ぼくは生まれて初めて感じる圧倒的な不安に押し潰されそうになっていた。そして、母は二度とぼくの前に姿を現さなかった。継母が来たのは、それから2年後、ぼくが小学校に上がった年だった。以来、ぼくたちはまずまずうまくやってきた。継母は良い母だと思う。

父が死に、継母は旧姓に戻った。彼女にいい歳をした継子の面倒を見る義理はない。にもかかわらず、社会不適応で引き籠り気味のぼくをいつも心配し、身の回りの世話を焼いてくれている。ある日、年々むさ苦しく歳をとっていくぼくを見かねたのか、彼女はどこからか見合い写真を手に入れてきた。こんな収入も安定していない男と見合おうというのだから、よほどの余りモノに違いない。そんなロクでもないことを思いながら写真を見た。普通だった。会って、話して、断った。外見以外に見るべきところが分からなかった。その後も見合い話は持ち込まれ、すべて立ち消えた。

会ってしまうから、外見に気を取られすぎるのかもしれないわね。継母はそういって、ある日、写真のない身上書を持ってきた。履歴らしい履歴さえない。ただ、人柄が伺えるような近況や趣味の話が綺麗な字で丁寧に書かれていた。そして、メールアドレスとブログのURIが印刷された、桜色のカードが一枚、挟まれていた。ぼくたちは、インターネットを通じてお互いを知り合っていった。不甲斐ないぼくをときに励まし、季節の変わり目には体調を気遣ってくれる。他愛ないやりとりの中に、ぼくは安らぎを感じ始めていた。そして六ヶ月目、ぼくたちは携帯番号を教え合った。

あの人と会ってみる。そういったとき、継母は、そう、うまくいくといいわね、と簡単に答えただけだった。何気ない風を装ってはいたが、視線が泳いでいることにぼくは気付いていた。やっぱり心配なんだろう。大丈夫、もう、外見だけに気を取られたりしないから。約束の日、ぼくは特に構えた服を着るでもなく、あまり上等とはいえない身なりで家を出た。お互い普段通りで。それがあの人からの提案だった。鵜呑みにしていい。そういう確信が、ぼくにはあった。これが恋心かと問われて即答はできない。そういう心の高揚とは違っているようにも思う。ただ、会いたかった。

寒の戻りに首をすぼめて歩く。高級ブランドショップのショーウインドウに映ったぼくは、いつも以上に猫背で、茫洋として、パッとしない雰囲気を全身に纏わりつかせていた。意識して背筋を伸ばす。携帯電話が振動し、着信を知らせていた。今、お店に着きました。一番奥のテーブル席で待っています。電話を切り時間を確かめる。約束の時間まで三十分。ここからなら十分足らずで着くはずだ。それでもつい、足早になる。店の前に立ち、店名を確認する。年季の入った木造の珈琲店だった。旨い深入り珈琲を飲ませるのだという。ぼくは軽く息をつくと重い扉を押し開けた。

薄暗い店内に客はまばらだった。店のイメージを裏切るように、若者向けの流行歌が小さな音で流されている。ぼくはまっすぐに、奥へ向かった。静かに話し込んでいたらしいふたりの女性が、ぼくに気付いて立ち上がる。ああ、あれは…。ひとりは、ぼくのよく知っている人だった。もうひとりは、そう、多分、そういうことなんだろう。その人は少し困ったように眉根を寄せ、それでも嬉しそうに口元を綻ばせていた。ぼくは意外にも落ち着いていた。予想していたといえば嘘になるだろう。継母がその人を押し出しながら、ぼくに紹介する。およそ三十年ぶりの再会だった。


【インスパイアされたエントリー】
話にオチは必要ない - ココロ社 ♪ほのぼの四次元ブログ♪
#例文を読んで妄想が膨らんだので。オチのある方を元ネタにアレンジ。

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プライベートな告知を読み物風にデフォルメして伝えるモノだと信じて、一字一句飛ばさぬようにモニターに顔を近づけて読んでしまいました、他人の詮索をするのはあまり好きではナイですが、お祝いの言葉を考えてたのは、野次馬的興味でしょうか。

> MASAさん
期待を裏切って(?)申し訳ないですが、これに関してはもう一言一句混じり気なしのフィクションでした…。お祝いの言葉は、そうですね、来年くらいには、贈ってもらえるような事件を起こしたいところです(笑)書き手を想像するのもブログを読む愉しみのひとつだと思いますので、野次馬的興味などといわず遠慮なく妄想してください。

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