「ケータイ小説」は「カップラーメン」である

第3回日本ケータイ小説大賞『あたし彼女』をどう評価すべきか?

第3回日本ケータイ小説大賞:あたし彼女

一般的な書籍でも版型が変わればブックデザインは変わる。デザインは何もカバーだけにされるものではない。本文のフォント選び、級数、行間、字間、余白の取り方などなど、一冊の本にも様々なデザイン要素がある。けれども、ここを作家が作り込む例は少ないだろう。有名どころでは京極夏彦がいるくらいか。換言すれば、四六ハードと新書と文庫では相応しい版面のありようは変わるし、書かれた内容によっても変わるのだけれど、作家自身がそれを気にする必要はそれほどなかったともいえる。つまり、変わるとはいっても文体を制限するほどの変化ではなかったのである。

ところが、ディスプレイで読むという行為が状況を変えてしまった。ペーパーメディアに比して著しく解像度の低いディスプレイは、文章表現そのものを相当に制限する。たとえば先に挙げた京極夏彦という作家の長篇『塗仏の宴』新書版上下巻1,248ページを、そのままの文章とページ構成でブログに転載して読む。不可能ではないだろうけれど、たぶん、かなりつらい。ディスプレイ向きじゃない。ならば、ケータイというさらに貧弱なメディアが、それに相応しい文章表現を生むことは必然である。1行の字数の少なさや改行の多さは、ひとつの最適化の結果と見るべきだろう。

逆にいえば、表面上の表現手法について批判することは、作品そのものの批判にはならない。改行多いとか文章スカスカとかいう批判は、俳句作品を見て短すぎと批判するようなものである。ただし、批判の対象にならないということは、評価の対象にもならないということだ。この手法によって生まれた独特のリズムは、ケータイというメディアが生んだ必然であって、別にkikiという作者の手柄ではない。これを褒めるのは、短歌を評価するのに七五調のリズムが素晴らしいと褒めるようなものだろう。どんな主題をどんな構成と言葉で表現しているか。ポイントはそこである。

以上を踏まえた上で、ぼくは『あたし彼女』をツマラナイと思う。当然だけれど全篇を読んだ。念のためにあとがきやお礼文まで読んだ。まず、テーマ性が希薄である。(性的な意味でも)奔放で刹那的な女の子が本当の恋をする。死んだ婚約者に縛られていた男がその死を乗り越えて新しい恋を始める。そういう話である。物語の雛型が凡庸なことは決してマイナスではない。問題はその雛型を使って語られる内容までが凡庸なことだ。死、セックス、不倫、妊娠、中絶、流産という定番アイテムが、定番アイテム以上の役割を果たしていない。テーマ性のない挿話に終わっている。

構成上致命的なのはアキ視点の後のトモ視点がただの繰り返しに終わっている点だろう。アキ視点で見えなかった何かが見えてきて初めてこの構成は意味を持つ。それがひとつもない。アキ視点だけで十分に類推可能な内容がいちいち繰り返されている。さらには、アキ視点とトモ視点で文体を変えようという努力の跡はあるものの、うまく変わりきれていない。「みたいな」を我慢したのは立派だけれど、30を超えた男視点の一人称で「もぉ」とか書かれるたびに気を殺がれること夥しい。明らかに言葉選びに失敗している。テーマも構成も言葉選びもダメでは褒めるところがない。

これはケータイ小説というジャンルが悪いのでは、たぶん、ない。俳句や短歌のようにケータイ小説なんかよりずっと縛りのキツいジャンルでも作家性やテーマ性を存分に発揮している人はいるのだから、ケータイ小説でそれができないはずはない。ただ、まだそこまでこのジャンルが成熟しておらず、参入している作家の数が少ないというだけのことだろう。瀬戸内寂聴のケータイ小説は読んでいないけれど、今後多くの既存作家なり新人作家がこの文学形式に参入していけば、十分に面白くなる可能性を秘めていると思う。ただし、ケータイの隆盛が続くことが前提にはなる。

また、「ケータイ小説」は「小説」の基準で評価すべきではない。それは「短歌」を「小説」の基準で評価するようなものである。『塗仏の宴』がケータイ小説として成立しないということは、ケータイ小説と小説には互換性がないということだ。また、表現形式としてどちらが優れているかは分からない。俳句や短歌がおそらくは意図的な制限文学であるのに対して、ケータイ小説はケータイというメディアが必然として生み出した制限文学である。文字で表現するという共通点はあれ完全に別物である。異なる文学形式である以上、目指すべき高みも異なるのが当たり前だろう。

それはラーメンとカップラーメンが同じジャンルの食べ物ではないのと同じである。

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