広島遠足のしおり番外篇~お好み焼き「金ちゃん」

広島でお好み焼きを食わずには帰れない。

普段大阪に軸足を置いていると、広島でいうお好み焼きを食す機会はほとんどない。むろん、大阪にあるモダン焼きとはまったくの別物である。粉の中に具が混ざりその上に肉がのる関西流に比べると、広島流のそれはクレープに近い。薄く敷いた生地に具が順にのっていくのである。巻けばまさにクレープ風だけれど、もちろん巻けるような具の量ではない。

宮島から広島駅に戻り、事前にリサーチしておいたお好み焼き屋に向かう。こういうとき食い物の下調べだけは怠らない。観光は気分だけでも満足だけれど、食の方はそうはいかない。いくら旅先でも不味いものは不味い。店で食う以上、BBQが肉を美味くするような錯覚はあり得ない。目指すは昔ながらの美味いお好み焼き。本当の地元の味である。

「金ちゃん」というのが今回狙いをつけた店の名である。

とにかく広島駅から近かったことも決め手となった。持参していた地図のプリントアウトを手がかりに細い細い路地へと入り込んでいく。観光地化された市街地とは明らかに異なる風景、人ごみなどとは無縁の隘路である。店の前に着いても、思わず戸を引くことを躊躇う。それほどに無造作な店構え。擦りガラスのすぐ向こうに客の背が透けている。

何やら倉庫かバラックの前にでも立っているような気分である。けれども、B級グルメの本筋はこういう場所にこそあるに違いない。そんな根拠のない期待に後押しされて暖簾をくぐる。狭い。もの凄く狭い。幅2メトール奥行き1メートルほどの鉄板の3方を8脚ほどの木の丸椅子が囲んでいる。そして、その鉄板の向こうで白髪の大将が飄々とコテをふるっている。

余談だけれど、このコテの呼称も人によってマチマチらしい。ヘラという人もいれば、テコという人もいる。他にも起こし金やら返しやら返し金やらと実にバラバラで、ここまでくると正解なんてどうでもよくなってくる。というより、多分正解なんてないんだろう。商品名としての正式名称はあるかもしれないけれど、だからそれが正しいというものでもない。

それはさておいて、金ちゃんの話に戻る。

狭い店内には丸椅子からあぶれた人用だろう、鉄板から一歩離れた辺りにバラバラと適当な椅子が並んでいる。15インチのブラン管テレビは高校野球を映し、傍らの棚にはドサドサと漫画の単行本が積み上げてある。先客は5人、黙々とお好み焼きを食べている。席を勧められることもなく、勝手に奥の丸椅子を確保。壁に貼られた手書きのメニューを眺める。

メニューには各々番号が振ってある。彼女は5番、ぼくは6番を注文した。ごく基本的なそば肉玉子に、ぼくの方はイカ天入りである。本場の味を知るにはオーソドックスを攻めるべし。ちなみに、このイカ天というのはいわゆるイカの天麩羅ではない。コンビニでよくみかけるスナック菓子のイカフライである。これもメジャーなトッピングのひとつらしい。

つるりとキレイに片された鉄板でおもむろにそばを炒める。水気でそばを蒸しながら、傍らに生地を薄く敷く。クレープ上に広げた生地の上にそばがのり、その上にザクザクと刻んだキャベツが山と盛られる。なるほど、これが噂のオールドファッションというわけか。生地、そば、キャベツ。この順序である。ここに豚がのり、ぼくの方にはイカ天が撒かれる。

具が山と重ったお好み焼きを一気に返してしばし蒸し焼きにする。後は玉子を残すのみである。金ちゃんはこの玉子の扱いが変わっている。いきなり殻ごと鉄板に投げつけるのである。なんとワイルドな。普通に割って焼けんのかとも思うけれど、これはこれで面白い。一種のパフォーマンスなんだろう。玉子が焼きあがる前に本体と合体し完成である。

ぼくと彼女の前にそれぞれのお好み焼きが差し出される。ソースはセルフでつけるのが金ちゃん流だ。缶のソースを刷毛で好きなだけ塗りたくると、その上に大将が青海苔やら削り節やらをサラサラと振りかけてくれる。さて早速召し上がろうかとコテを振りかぶると、目の前に3つフリカケの缶が差し出される。「はい、バイアグラいれる?」……。

とまあ、これはどうも金ちゃんの定番ギャグであるらしい。実際のフリカケの中身は、白胡椒、一味、それからガーリックである。ピリ辛に目がないぼくは、白胡椒と一味をふんだんに振りかけ、ガーリックは気持ち程度に。そして、今度こそとばかりにコテを入れる。ザクリザクリと手前からひと口大に切り出し、極力重なりを壊さぬよう口に運ぶ。

ふむふむ。これは確かに関西風とはまるで別種の食い物である。

関西でお好み焼きといえば粉もんの代表である。けれども、広島のそれは粉もんというカテゴリでさえない感じだ。生地はあくまで一兵卒であって主たる位置にあるわけではない。むしろ、カリカリとモッチリが同居するそばやキャベツの食感が立っている。よく焼けた豚の油が適度にまわり、玉子と生地の間でそれぞれの具材が好い塩梅に主張し合っている。

要するにこれは混ぜない美味さを楽しむ食べ物である。カレーとライスだって混ぜ込んでしまうとまるで違った味になる。ひつまぶしとうな重だって別物だろう。大阪は出汁の食文化である。粉にも出汁が入り、食感を愉しむための山芋だって入る。生地と具のハーモニーを愉しむ関西風、食材同士のハーモニーを愉しむ広島風といったところだろうか。

関西ではお好み焼きが家庭料理としても食されている。一方、広島でそういう家はあまりないらしい。それはそうだろう。広島のお好み焼きはあの鉄板がないとまず作れない。一枚焼くのに相当なスペースが必要だし、あの焼き加減、蒸し加減を実現するには安定した温度管理が必須である。ホットプレートで代用するのは余程の工夫がない限り難しい。

広島市内だけで800軒以上のお好み焼き屋があるという。しかも、金ちゃんのような店で食べると、これがもうやたらと安い。そう高い食材がないとはいえ、そば肉玉子で400円、イカ天入りでも500円である。空腹ならそばWなんてメニューもある。大抵ワンコインで満腹だ。貧乏学生にはこれ以上ないエネルギー源だろう。大阪市内ではあり得ない値段感覚である。

金ちゃんの大将は一見しれっとして見えるけれど、これが案外に気さくな爺さんである。バイアグラで空気を和ませると、一見のぼくたちカップルにも色々と話しかけてくれる。話を聞くと口コミで遠方から来る客も少なくないらしい。余所者を嫌うタイプの人ではないようだ。東京からの客が携帯カメラを向けても厭な顔ひとつしない。自然体の人である。

楽しい気分で美味いお好み焼きを堪能し、900円を支払って店を出る。

広島のお好み焼き。紛うことなきB級グルメの一巨頭である。

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comment - コメント

しめくくりがお好み焼きとはうれしい!

今は呼び方が色々になってしまったのかも知れませんが、昔からの広島人にとって、お好み焼きを食べる平たい金属はあくまで「へら」と主張しておきます!(笑)

なお、
我が家は月に一度はホットプレートでお好み焼きを作ります。私の妻は関東の出身ですが、結婚以来25年も作り続けすっかりお好み焼き作りのプロになりました。(笑)
特殊な食材はほとんどありませんので、実は家庭でも簡単に作れます。ただし、「おたふくソース」だけは広島風お好み焼きの必需品です。昔はわざわざ実家から送ってもらってましたが、今ではどこのスーパーでも置かれているのでそんな面倒なことも不要になりました。

ちなみに、一味とガーリックは珍しい調味料だと思います。我が家ではそれらは使わずマヨネーズが加わります。

きっと最後までお付き合いいただけるものと、お待ちしておりました(笑)
広島最後の昼食はお好み焼きだと、これはもう出立前から決めていました。関西人はつい無根拠に関西のお好み焼きを偏愛しがちですが、一銭洋食をルーツにもつ広島のお好み焼きもきっと美味いに違いないと、食に貪欲なぼくはあくまで地元の美味を堪能すべく期待に胸を膨らませて旅立ったわけです。期待は裏切られませんでした。関西風もいいけれど、広島のそれもやっぱり美味い。
ホットプレートであの広島流作法を修めるとは、初参戦を果たしたばかりのぼくには俄かに信じ難い!なんという超絶技巧!奥様はきっと血の滲む努力を…。いやはや、あの具の重なりをばら撒くことなく返すだけでも感動モノです。
そうそう、調味料の一味は辛いもの好きには激しくお勧めですよ。不思議なくらいよく合います。また、広島でマヨネーズをつけるのは結構新しい習慣のようですね。なので、古くからのお店では置いてないところが多いようです。

金ちゃんに行ったとは
なかなかですね
私の青春の場所です。
帰省すると必ず寄って帰ります
金ちゃんファンです!

ちえさん、いらっしゃいませ。
金ちゃんは近所に予備校があるとかで、沢山の若者の青春の一ページを飾っているようです。こじんまりとした店内も、気の置けない雰囲気の客層も、何よりあの金ちゃんのキャラがいいですね。

金ちゃん、なつかしい。
2年前に河合塾広島校にいた時によく食べに行ってました。
週に少なくても2回は行ってたな~

広島大好きっこさん、いらっしゃいませ。
少なくても週2ですか、それは相当ですね。でも、確かにあの気のおけない雰囲気は常連化したくなります。それが叶わない通りすがりの旅行者には羨ましい限りですね。

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