広島遠足のしおり~二日目「古代の神々」
広島、日本三景といえば宮島である。
寝坊なぼくが12時まで居座れる権利を放棄して10時前にはホテルを出る。早くも乗り慣れた感のある広電で広島駅へ。広島駅から宮島口まではJRで30分ほどである。そこから連絡船で10分も行くと島にたどり着く。例の鳥居は船上からも見える。なんというか、メインディッシュが前菜で出たような気分である。まあ、陸上からは陸上からの景観があろう。
この時期であるから客の多さは如何ともし難い。そういう自分たちが人ごみの膨張に一役買っているのだから文句の持っていきようもない。夏の太陽が南中に向かう途上、11時頃には上陸し、脳天を突き刺す陽光を避けるすべもなくヨロヨロと歩き出す。観光客の群れを出迎えるのは、妙に人馴れした鹿の群れである。奈良公園の風景が頭を過ぎる。
奈良にしろ宮島にしろ観光地の鹿というのはとにかく餌の出所をわきまえている。鹿せんべいの移動だけを監視し、人手に渡るとほとんど自動的に追い始める。あれはもう野生動物ではない。食いはぐることはないかもしれないけれど、観光客に縛られていることに変わりはあるまい。飼い馴らされているといってもいい。いずれ夢のない光景である。
鹿の群を掻い潜り、日本三景を誇る大きな碑の脇を抜け、海上に鳥居を睨みつつ神社を目指す。あの鳥居に限っていえば、実はこの辺りが本当の激写ポイントである。いや、もっというなら鳥居の向こうに厳島神社を望む海からの眺めこそが本当の絶景ポイントだったのだろう。中に入れるからといって大仏を内側から見てもつまらないのと同じことである。
つまり、前菜だといった連絡船からの眺めこそが本物だったわけである。ただし、連絡船はベストポイントを通ってくれるわけではない。何しろ距離がある。少しは観光用にコースを改めればいいものを、頑固に一輸送手段たることを貫き通している。まあ、あれはあくまでJRの連絡船である。観光船ではないのだからそれも当然なのかもしれない。
それはともかく、厳島神社である。全国500社ともいう厳島神社の総本社。市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命を祀る女神の社。なんと心浮き立つ響きだろう。そもそも島の名がそのまま神社の名になっているのだから、古代アニミズム的な感覚でいえば島自体が神!神自体が観光資源!日本の神は実に懐が深い。ぼくはこうした日本的感覚が嫌いじゃない。
観光資源であればこそ、有料となる境内入り口には親切なことに当日の干潮、満潮の時刻が掲示されている。できれば干潮の浜を鳥居の下まで行ってみたかったのだけれど、残念ながら干潮時刻がおよそ16時となっている。これでは帰りの新幹線に間に合わない。あっさり至近距離からの鳥居見物を諦め、とにかく文化遺産を拝むだけ拝んでおくことにする。
元も子もないことをいえば、人ごみの炎天下に汗だくになりながら感動せよというのは酷な話である。古色蒼然たる能舞台も照りつける陽射しに白茶けて干乾びた老体を晒すばかり。満潮なら海上にあるはずの回廊も干上がって水溜りすらない半端な時間ではいまひとつ情趣に欠ける。小さな蟹が僅かに湿った浜をひょこひょこと歩いているのもご愛嬌。
やはり景観を愉しみ情趣を愉しもうと思うなら、人ごみの中を出かけてはいけない。旅情のごときものは子供の喚声轟く中にありはしない。シーズンに出かける意味は、むしろ躁に傾いた観光気分を味わうことにある。その意味では、今回のぼくたちの旅はこれで良かったのだともいえる。まさにそんな観光気分を求めて新幹線に乗ったのだから。
厳島神社を離れ、特に目的もなく周囲をそぞろ歩く。いまや太陽は遥か天蓋の中心に鎮座し容赦ない熱と光を振り撒いている。汗は間断なく頭らか首筋、背中を伝い、拭けども拭けども際限がない。さすがに2時間以上も歩き続けるほどのテンションは湧いてきそうにない。限界を感じたぼくたちは、名物が並ぶ商店街を抜け桟橋へ向かった。
日本三景の実感もないまま宮島を後にする。後はお好み焼きを残すのみ。広島の旅も残すところあと僅か。ともすればぼぅと薄れそうになる意識に鞭打ちなんとか広島駅まで舞い戻る。広島最後の食事の前に栄養ドリンクでテンションアップを試み、いざ駅裏・イン・ディープ。ぼくが求めたのは、いかにも観光客ばかりで賑わうお好み焼き屋ではない。
というわけで、広島遠足のしおり番外篇~お好み焼き「金ちゃん」に続く。
posted in 07.08.14 Tue
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comment - コメント
私の生家はこの厳島神社の対岸にあります。
初めての厳島神社訪問で、水に浮かぶ神殿を見ることが出来たのはラッキーだと思いますよ。
干潮時に鳥居の下まで行ってその大きさを間近で見たいというのも分からなくはないんですが、満潮時の神殿がこの神社の一番のウリです。
何度行っても干潮で砂浜に建つ神殿しか見ることが出来ないアンラッキーな人も多いんですよ。(笑)
posted in 07.08.19, by Oz
確かに、連絡線から見た厳島神社(写真)は、まさに絵に描いたような水に浮かぶ神殿で、もう少し近接して見られれば文句なしだったんですけれど…。この写真も中望遠のレンズをかなり望遠側に回して撮っているので、肉眼ではずいぶん遠くにしか見えませんでした。
上陸してみると、潮はかなりひき始めていて、境内に入る頃には神殿周辺に海はありませんでした。ちょっと半端な時間にあたってしまったということでしょうね。
でも、仰るとおり、景観としては干潮よりも満潮の方が絶対に見ものですよね。
posted in 07.08.20, by りりこ@管理人