ワーク・ライフ・バランスという戯言

今更だけれど、ワーク・ライフ・バランスという言葉がある。

一般に「仕事と生活の調和」と訳される。ぼくなどはもうこの時点でダメである。いかにも気持ちが悪い。仕事と生活は対立概念でもなければ包含関係にあるわけでもない。もっとマージナルで不可分なものだろう。とりあえずは、この「生活」を「私生活」と読み換えて納得しろということなんだろう。なるほど、薄給の上に望まぬ長時間労働を強いられて、心身ともに病みつき家庭崩壊に到るなどはひとつの悲劇である。誰もが快適に働き、無理なく生きる糧を得、充実した私生活を謳歌できる。それは素晴らしい世界である。

けれども、それとこれとは話が別だろうとぼくなどは思うのである。効率的にお金を稼いで充実した私生活を手に入れましょう、などとはまったくもって大きなお世話である。ぼくは自分のために仕事をしている。ゆえに仕事も私の生活である。好き嫌いの問題ではない。働く自分と休日の自分に違いはない。どちらかがかりそめの自分だという意識もないし、休みの日のためだけに働いているわけでもない。仕事に依存しているわけでもないから、1日20時間労働だとか命の危険を感じるような職場なら辞めればいいとも思っている。

そうはいっても仕事は辛いじゃないか。そういう人もいるかもしれない。確かに、楽しいばかりの仕事があるとは思えない。食べていくために我慢してはいるが辛いばかりだという人もいるだろう。そこまではいい。けれども、そういう人が生き辛いのは本当に仕事のせいだろうか。そもそも、生きることは楽しいことなのか。例えば仕事をしているときと同等の報酬が無償で支払われ続けるとしたら、楽しい人生になるだろうか。

家族と過ごす時間の増加と家庭の幸せは比例するのか。労働時間の短縮とプライベートの充実は比例するのか。否。断じて否である。ワーク・ライフ・バランスなど、個人の価値観によって玉虫色に姿を変える一般化しようのない空疎な概念に過ぎない。そもそも人生の充実が時間配分や労働条件程度の瑣末な事柄で決まると思う方がどうかしている。何もそこまで自分の生を矮小化することはない。時間に追われていようが労働条件が過酷だろうが、自分は自分の人生を幸せに生き抜けるはずだ。それくらいに思っていればいい。

漠然としたものに立ち向かうほど胡乱な戦いはない。今の自分に納得がいかないなら、まずは納得のいかない一番の原因を具体的にあげてみるべきだ。生き辛さの原因を漠然と社会や時代のせいにするのが一番つまらない。苦しいのはお金がないせいなのか。お金さえあれば幸せなのか。辛いのは異性にモテないせいなのか。異性にモテさえすれば幸せなのか。家庭に不満があるのか、あるとすれば原因は何か。職場に不満があるのか、あるとすれば不満の根本は何なのか。漠然としたものに形を与えて解消に努めてみればいい。

異性にモテないことが不幸だというなら、何をおいてもその解消を目指すべきだ。まず顔などは決定的な要因にはなり得ない。実際、美男美女が幸福な出会いをするとは限らない。ならば、話し方が悪いのか、日頃の行いが悪いのか、自分の性格に問題があるのか、コミュニケーション能力に瑕があるのか、そもそも異性と接触がないなんてこともあるかもしれない。たくさんの人と話をし、日頃の行いを正し、性格を見つめ直す。流行の服を着、美容院に行き、流行の店で食事をする。モテるためだけに転職したって構わない。

はたまた職場に原因を求める人もいるかもしれない。自分の実力が十分に発揮できない職場だとか、自分の実力が正しく評価されていないとかいうのなら、実力が発揮できる、正しく評価され得る環境に移ればいい。どこへいっても実力が発揮できず評価もされないというなら、それはそもそも実力がないだけの話である。自己評価を誤っていたのなら、まずはそこを改善すればいい。そうすれば道は開けるかもしれない。ただし、実力を存分に発揮し認められたところで、それが充実した人生に化けるかどうかは分からない。

何が正解なのか。そんなことは分からない。どうなれば幸せなのかなんて、実は誰にもよく分からないのだから当然だ。ならば、自分に合った生活を少しずつ手探りで実現していくしかない。その結果として、どんな仕事につき、どんな家庭を持ち、どんな毎日を送るかが決まっていくのだろう。そのバランス感覚は人によってまったく違っているはずだ。そんな生き方のモデルをワーク・ライフ・バランスと呼ぶなら呼んでも構わない。けれども、それはあくまでもより良く生きる努力をした結果そうなるだけのことである。

いずれ、こんな流行言葉に踊らされて自分の目を曇らせてはいけない。

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