たまたま同じバスに乗り合わせた不幸

若いサラリーマン風の男の隣に年配の男が腰を下ろす。

なんやニイちゃんそれオモロイんか、マンガとか読んで、え、おれにはよう解からんけどな、恥ずかしないんか、人前でそれ、マンガ、別にかめへんけどな、おれの感覚やったらアホちゃうかと思うわ、ほんま、アホちゃうか、そのマンガのどこがおもろいんや、いうてみいや、ん、ニイちゃんもええ歳してそれなりに給料ももろてるんやろ、いくらもろてるか知らんけど、人前でマンガ広げてるようなやつやて知ったら、おれ仕事相手やったらもうアホちゃうか思うけどな、だいたい、そんなもん読んで何の意味があるんや、ニイちゃん、どんな人生観持って生きとんねん、え?

もっと勉強することあるやろ、意味ある本もぎょうさんあるわ、おれがニイちゃんくらいんときはちゃんとした本読んで勉強しとったで、マンガみたいなアホなもんは隠れてこっそり読むもんやろ、ほんまに不思議でしゃあないわ、アホちゃうかとしか思えんわな、正味の話が、そう思えへんか、そんな絵みたいなもん見ててもなんも残らんやろ、そんとき面白がって終わりとちゃうんか、そら世の中もおかしなるわ、ほんまにアホやで、アホ、アホいうて悪いけどな、ニイちゃんがどんだけ仕事できるんかも知らん、せやけど、なんぼできたかて、そんなんではおれはアカン思うで。

ええ、マンガ、くだらないですね、はあ、ぼくの将来のためにも、あなたの人生のためにも、ちっとも役に立たないですし、全然世の中のためにもならない、ほんと意味ないです、スミマセン、ほんと、情けないですよね、ええ、役立たずでくだらない、クソですね、ほんとクソだ、あなたの説教くらいクソだ、ぼくもクソだし、この世界もクソだ、けど、世界をクソにしたのはぼくじゃないですよ、だって、今の世の中を作ったのは前世代の人たちでしょ、今の世界が準備されてるとき、ぼくはほんの子供でしかなかったんですから、どんな世界に生きてるかすら解ってなかった。

ああ、そうだ、こんな壮大なクソをひり出したのはあなた方だ、間違いない、働き盛りの全盛期に頑張って頑張ってこんなクソをね、ひり出してくれたんだ、ああ、ほんと素晴らしいクソだなあ、あんたたちの時代がもしほんとに良かったと思うならそれはあんたら自身のお陰なんかじゃないんだよ、解るかなぁ、ほら、戦中戦後を必死で生き抜いて死んでいった人たちが、あんたらが活躍するための世の中をね、作ってくれたんだよね、それを、あんたたちがこんな風にしてくれちゃったわけだ、ありがたいことだなぁ、よく頑張ってくれたよ、ほんと、うれし涙がとまんないわ。

だいたいさ、こんな不甲斐ないぼくなんかに説教垂れてるあんただよ、バブル真っただ中にいい位置にいられたはずの世代のあんたがだよ、何も頑張らなくても今のぼくなんかよりずっといい思いができた時代じゃない、それがなんで運転手も雇えずにこんな路線バスなんかに乗ってるのよ、頑張って勉強して意味ある人生を送ってきたんでしょ、ドラッカー読んでもニーチェ読んでもただの娯楽としか思えないぼくなんかとは違うはずじゃない、それがこんな夜のバスん中でぼくみたいな若いもんに絡んでる人生って何なのよ、どういう人生観持って生きてるわけ、ほんとにさあ。

そんな歳まで生きてイマドキの若いもんに絡む人生って面白いの、ねえ、ぼくにはよくわかんないんだけど、こんなとこで人に絡むとかさあ、ぼくの感覚じゃあり得ないわ、ほんとあり得ない、ねえ、あんたの説教人生のどこが面白いの、教えてよ、やっぱ年寄りの含蓄に溢れてたりするわけ、この程度でさあ、まあ、年金いくらもらってんのか知らないけど、バブルを生きた年寄りにロスジェネのぼくらが金払ってやってるわけだよ、で、クソみたいな世の中でもなんとか愉しく生きようってマンガ読んでたら、その年金受給者に感謝されるどころか説教されるってどんだけだよ…。

若い男の呟く声を聞きながら、ぼくはひとりバスを降りた。

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